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大阪地方裁判所 平成元年(ワ)3240号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対して金一、六八五、六四七円及びこれに対する平成元年四月二八日から支払い済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告(帯広支店扱い)は、訴外有限会社西島商店(以下「訴外会社」という)との間に、訴外会社が振り出した約束手形等について当座勘定口座からの支払事務の受任等を内容とする当座勘定取引契約を締結していた。

2  被告は、訴外会社が振り出した別紙目録記載の約束手形(以下「本件手形」という)につき、訴外株式会社住友銀行上町支店(以下「訴外銀行」という)に対して、取立委任裏書により取立を委任し、さらに、訴外銀行は、原告(帯広支店)に対して、取立を委任したため、本件手形は昭和六三年六月六日(満期日の昭和六三年六月五日は休日)、原告(帯広支店)に対して、支払のために呈示された。

3  ところが、同日、訴外会社の当座預金口座は資金不足であった。

しかるに、原告は、同日、誤って訴外銀行に、入金通知とともに、金一、六八五、六四七円を送金した。(なお、訴外会社は同日、右手形を含む不渡手形を出して倒産した。)

4  そこで、同日、訴外銀行は被告の口座に、金一、六八五、六四七円を振り込み、被告は訴外銀行から、右金一、六八五、六四七円を受け取った。

5  これに気付いた原告は、同日、訴外銀行に右金員の返還を求めたが、被告の了解を得られないとの理由で断られ、被告に対しても直接返還を求めたが、未だにその返還を得ていない。

6  被告の右受領行為は、原告が誤って訴外銀行に取立済の通知と金一、六八五、六四七円を送った結果生じたものである。

原告には、自己を支払場所とした手形の手形金支払請求に対して、支払に応じる義務はない。ただ振出人たる取引先との間に当座勘定取引契約がある場合においては、この当座勘定取引契約は、取引先に対して原告が支払事務をなすべき債務を負うことを目的とした準委任契約であり、取引先の当座預金口座に資金があるのに、手形金の支払を拒めば、債務不履行責任を負うことになるので、支払に応じているに過ぎない。従って、原告には、元来本件手形金の請求に応じる義務はなかったのである。

また、昭和六三年六月六日当時、訴外会社の当座預金口座は資金不足であったのであるから、原告は訴外会社に対しても、被告に本件手形の支払いをなす義務はなかったのである(当座勘定規定九条一項参照)。原告のなす支払が訴外会社の債務の弁済として有効であるためには、訴外会社に対する支払義務の存在が必要であるのに、原告には何らの支払義務がなかったのであるから、原告の被告に対する支払いは弁済としての効力はない。

さらに、原告が手形金を送金したのは、被告の復代理人の義務としてであって、支払担当者としてなしたのではない。支払担当者は出納事務は行うが、送金の義務もない。

よって、被告は法律上の原因なくして、原告の損失によって利得したのであり、不当利得が成立する。

7  以上により、原告は被告に対し不当利得返還請求権に基き、金一、六八五、六四七円及びこれに対する被告が悪意とみなされた訴状送達の翌日である平成元年四月二八日から支払済まで商法所定年六分の割合による金員の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項ないし第5項のうち、第2項の訴外銀行が原告に取立委任をした事実は否認し、第3項前段の事実は不知、その余の事実は認める。

2  請求原因第6項の主張については争う。

原告は被告の復代理人ではなく本件手形の支払担当者である。そして、訴外銀行は、本件手形の支払担当者である原告に、本件手形を支払いのために呈示して、原告から金一、六八五、六四七円を取り立てたのである。原告に本件手形の支払義務があるか否かに拘らず、支払担当者たる原告の支払いは、振出人たる訴外会社の支払いとして弁済の効力を有するものであり、また、訴外会社の口座の預金不足は原告と訴外会社との内部関係の問題であって、支払担当者の支払いの効力を左右するものではない。よって、被告の金一、六八五、六四七円の受領は、法律上の原因を欠くものではなく、不当利得は成立しない。

第三  証拠<省略>

理由

一  請求原因事実について

1  請求原因第1項ないし第5項の事実は、第2項の訴外銀行が原告に取立委任をした事実及び第3項前段の事実を除いて、当事者間に争いがない。

2  請求原因第2項の訴外銀行が原告に取立委任をした事実及び第3項前段の事実は、<証拠>により認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  以上の事実に基づき検討する。

まず、原告と訴外会社の間には当座取引契約が存在した。そして、本件手形は訴外会社によって原告(帯広支店)を支払担当者として被告あてに振り出されたものであったところ、被告から訴外銀行、同銀行から原告へと順次取立委任がなされた結果、原告は右手形取立についての復代理人にもなったということができる。

ところで、訴外会社は、原告を支払担当者とする本件手形を振り出したことによって、原告に対し支払委託をなしたものというべきであるから、支払担当者たる原告による本件手形金の支払は、振出人たる訴外会社の債務の支払としての効力を有するものであり、弁済の効力があるものである。

もっとも、本件手形につき支払呈示があった当時、訴外会社の当座預金口座には支払資金がなかったのであるが、かかる場合、原告はその主張のように本件手形につき訴外会社に対し支払義務を負わないとしても、支払委託が続いている以上(本件において当座取引契約解約の事実も窺われない)、支払の結果を訴外会社の計算に帰せしめることができることには変りなく、その支払をしてしまった限りは、有効な弁済として訴外会社の被告に対する本件手形金債務は消滅したというのほかはない。

そうだとすると、本件手形金を受領した被告には利得はないから、その余の点につき判断するまでもなく、原被告間に不当利得返還請求権は発生しておらず、原告はむしろ、債務消滅という利得を得た訴外会社に対し請求をなすべきものである(大審院大正一三年七月二三日判決新聞二二九七号一五頁、同昭和一五年一二月一六日判決民集一九巻二三三七頁参照、なお最高裁昭和五三年一一月二日判決判例時報九一三号八七頁は本件に適切な先例とはいえない)。

三  よって、原告の本訴請求は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 古川正孝)

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